書き抜き:リバイバル上映とわたし

新文芸坐の友の会会報(2008年10月号)の文章が興味深かったので書き抜き。(配給権とかのシステムがどうなっているのか気になっているので)

〜(冒頭略)〜■洋画、特にヨーロッパ映画の旧作は、日本での配給権が長期にわたり契約・更新されているケースは稀で、ほとんどはリバイバル公開のため新しく契約が結ばれることで上映が可能となるわけです。今回の上映作品も大半が初公開時とは異なる会社の配給によるものです。■ヴィスコンティの「山猫」は上映時間3時間の大作として1963年のカンヌ国際映画祭で最高賞を獲得。日本では翌64年に公開されましたが、後半の舞踏会シーンが短縮された約2時間40分の英語国際版でした(先ごろ亡くなったシドニー・ポラック監修で、主演のバート・ランカスター以外は吹替)。その後81年になってイタリア語のオリジナル版が公開され(但し、色彩の点で難があった)、さらに90年には英語版が再公開されています。91年からはイタリア本国で国家予算をかけた修復が開始され、2004年になってようやく、色彩的にも申し分のないオリジナルの‘イタリア語・完全復元版’を日本でも見ることができるようになりました。これらは、配給会社がすべて異なる上に、公開されるごとにバージョン(上映時間、使用言語、さらにつけ加えれば字幕翻訳も)が異なっています。■題名だけで、「もう見たことがあるから‥」ではなく、いつ見ているかも思い起こして、是非ご鑑賞ください。

ちなみに例としてあげられている「山猫」は、自分史上最大睡眠映画。なんというか胸が痛む(半分くらい寝ていた。残りの半分は目を開けているだけ。見終わって、絨毯とカーテンしか思い出せんかった。せめて‥。せめて人物を覚えていたかった。あまりにひどいありさまで、二度と観れる気しない‥)。