川越まつり

川越まつりに行きました。いろいろな通りに出店がたくさんでていて、そのなかを山車が通るお祭り。
出店ウォッチャーとして有意義だった。新しい出店の流れはグローバル化でしょうか。クレープに始まり、ケバブやトッポギは定番化したと言っていいのでは*1。はじめて見たのは「トルネードポテト」(ハリケーンポテト、と名乗るお店も。まだ名前が統一化されていないところに、リアルに新しさを感じる)。長い串に、ポテトスライスフライを竜巻状に刺した‥。食べにくそうだったので買いませんでした(実際食べてる人は苦戦していた)(でも美味しいのだろうなあ。じゃがいもだもの。みつを)。それと「鶏の皮」。味噌醤油で味付けした鶏の皮を、千切りキャベツにのせたもの。ハジメテ見た。爪楊枝がついてきて、「なぜ箸でないのか‥」ともぞもぞした(けど美味しかった)。これは一軒しか見なかったので、新しい波なのか独自の道なのか、たぶん独自のほうと思う。

出店の看板を見るのが好きなので、ちゃんと写真撮ろうと思ったけど一瞬で挫折。お店の人こわいこわい風貌の人もいるんだもん。あと数がパネエ。無理。無理といいつつイイナアと思ったものをいくつか。結局スタンダードなものが好きなのよ。



出店の出ていない住宅街にも紅白の垂れ幕があり華やか。最近、楳図づいてるから、ときめく(垂れ幕でときめけるとは我ながら安あがり)。

名画座発見。名画座がある町はいいな。ぐんと親近感。今やってるのは「サンシャインクリーニング」、月末には小津特集をやるみたい。川越で小津映画を観るなんていいな。メモメモ。

いつものことながら、祭色豊かな写真がないな‥。時の鐘(川越名所)の写真すらない。‥これはKが撮った、銭湯の煙突*2


山車を見るのはもちろん好きで、町内会の山車とか言われると、人間ドラマを推測して、ハラハラしたり勝手に目頭を熱くしたり、人生が祭りなんじゃなく祭りが人生なんだという時間のなかで、どうしてわたしは傍観者なんだろう*3などとつらつら考えて、なんというか傍観者なりに感情は忙しい。

*1:誰に言う気か

*2:わたしは「なぜこれを撮る?」と思うのだけれど、わたしが撮った写真もほかの人から見たら、「なぜこれを?」なのだろうな‥

*3:でもあっち側で生きていける気しない‥。否、行ったら行ったでやっていけるんだろうか。などなど思案は尽きない