貸間なし

わたしの実家のあたりは、野良猫の勢力争いが激しい。野良猫がたくさんいるのは、親・野良猫派の家庭が複数あるわけで、そのこと自体はいいと思うのだけど、勢力争いが激しいのは、しょっちゅうけんかがあったり、仔猫が育たなかったりと、少々切ないというか大変そう(まあ仔猫、全滅するわけではないようなんだけど。強い子しか残れていないとお見受けします。ザ・自然界‥)。
わたしが中学生のときにほんとうにあった話です。友達に話しても、半信半疑の反応が多いので、信じてもらえるか自信ないけれど。でもほんとうにあった話です。

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そのころ我が家では、ある野良猫に「オバサン」という名前をつけ、可愛がっていた。朝晩ごはんをあげ、ときおり背中をなでたりしていた。オバサンは野良猫というより、我が家の外ネコ(寝床が外なだけ)という感覚でいたかもしれない。オバサンは貫禄のあるメスネコだった。何度か出産したようだが、子供を連れて来たことはない。たぶん、淘汰されているのだ。自然界はシビアなのだ。あるとき、オバサンのお腹がふくらんでいった。また子供が生まれるのだろう。また淘汰されてしまうのだろうか。面倒をみたいけれど、当時我が家には「ちゃねさん」という先客(飼い猫)がいた。ちゃねさんとオバサンは折り合いが良くなかった。オバサンを迎え入れたかわりにちゃねさんに出て行かれては、元も子もない。家族がみな、日に日に大きくなるオバサンのお腹を見ては、どうしよう‥とぼんやり心配していた。
ある日、2階の物干しで、オバサンが生まれたばかりの仔猫をなめている場面に遭遇した。我が家の屋根の上、物干し台の下で出産したらしい。仔猫は5匹いた。とても小さい。とても可愛い。どうしよう、どうしたらいいんだ。
「オバサン‥」
わたしはオバサンに話し掛けた。このあたりで子育てをするのがどれくらい大変か、オバサンも知っているよね。たぶん、ここにいたら、仔猫は誰かにやられてしまう。どこか遠く、安全な場所をさがしたほうがいい。でも、どこに行けば安全か、オバサン、あてはある?とにかく、この場所は危険なんだよ。
言ってもどうにもならないかもしれないけれど、わたしとしても困っていた。
わたしが話し終わると、オバサンは、ついっと、一匹の仔猫をくわえ、屋根をおりていった。あれ?なに?話が通じたの?どういうことだろう、とその場にうずくまっていると、しばらくして、またオバサンがやって来て、2匹めの仔猫をくわえ、また、屋根をおりていった。こ、これは‥。わたしの話が通じたと解釈して、よいのではないでしょうか。ドキドキした。頭が感動でぼーっとした。またオバサンがやってきた。3匹めをくわえ、屋根をおり、またやってきて4匹めをくわえ・5匹めをくわえ‥。物干し台にはわたしひとりになった。
ほんとうに感動した。
今!私は!ネコと会話した、というかネコを説得した。すごい、すごいことだ。こうふんして、頭がクラクラ、体がぶるぶる震えた。ぼーっとした頭で、階段をおり自分の部屋に戻ると‥。
オバサン一家がわたしの部屋に移動していた。腰がぬけるかと思った。
(話は完全に通じているけどね)
(オバサン一家はこのあと、父の仕事の取引先の家庭にひきとっていただきました。オバサンともう会えなくなるというのも予想外だったけど、人生別れはつきものですから)